サウンド・エディターは、テレビや映画の全ての音作りの責任を担う仕事で、最終的にミキサーが音をミックスダウンできるようにするために音を準備する人たちです。通常、サウンド・エディティングでは専門的な仕事に分かれていて、ダイアログ(セリフ)、サウンド・エフェクト(効果音)、フォーリー、それとミュージックに分かれています。ちなみに、サウンド・デザインというのもサウンド・エフェクトに含まれます。だいたいブラックリストでは、ダイアログが1人、サウンド・エフェクトが2人、フォーリーが1人、それとリーダー的なまとめ役のサウンド・スーパーバイザーが1人、ミキサーが2人,リコーディスト(ミックアシスタント)一人、で仕事をします。ミュージックはミュージック・エディターとミュージック・コンポーザーが組んで作業しミックスの段階で、音と共に映像に対してミックスされていきます。
『ブラックリスト』以外では全サウンドエフェクト又は、セリフを担当するときもありますが、『ブラックリスト』ではサウンド・エフェクトの一つであるバックグラウンドの音を担当しています。バックグラウンドの音というのは、視聴者さん的に分かりやすいところで言うと街の雑踏音のような環境音で、最初から最後まで聞こえるほぼすべての音になります。皆さんがサウンド・エフェクトと聞いて普通に思うのは、カーチェイスや銃撃の音かと思われますが、それは私の相棒が担当しています。ただ、相棒がすごく忙しいときは助っ人で手伝うこともあります。
まず、撮影して映像の編集がある程度行われた時に、サウンド・スーパーバイザーが音のミーティングに参加します。ミーティングには作品を見ながら、だいたいプロデューサーや映像編集者も参加します。映画になると、サウンド・デザイナーも参加する場合があって、サウンド・スーパーバイザーもダイアログとエフェクトに分かれて2人で担当することもあります。ミーティングでは、このシーンの音をこういう風にしてほしいという要望や、こちらからの質問などのいろいろな話し合いがあって、その結果をサウンド・スーパーバイザーが私たちにメモとして提供してくれます。サウンド・スーパーバイザーの案や、こちらのアイデアとかもスーパーバイザーを通して話し合います。
次に、サウンド・アシスタントがピクチャー・エディターのほうから映像の素材をもらいます。編集作業中のその映像はプロデューサー等に見せなければいけないので、ピクチャー・エディター側でこういう感じという仮の音や音楽が入れられています。それを私たちが作業できるように、サウンド・アシスタントが映像とセリフを別々にしてネットワーク上のサーバーに格納します。そこからエピソードをダウンロードして作業します。『ブラックリスト』では、私はサウンド・エフェクトを担当していますから、その映像と一緒になっているセリフと音楽、そして仮で入っているエフェクトを一応は自分のガイドラインとして、自分の作業するソフトに入れて作業を開始します。そこから、基本的に仮のエフェクトは、参考として、音楽同様ミュートして、セリフだけを聞きながらバックグラウンドの音を入れていきます。全部仕上がると、自分の作った音だけをまとめてサーバーに入れます。そこからレコーディストが私たちの素材を彼らのミキシングのステージに用意してミキサーがミックスするんです。最終的にミックスされたものを、レイドバックといってマスターの映像と合体させる作業を行うことで完成し、テレビ局などに納品されるんです。
高校のときに音楽を勉強したいと思ったんですが、小さい頃からトレーニングはしていなかったので、なかなか日本の音大には入れないなと思ったんですよ。そうすると、ポップ/ロックが好きで勉強したかったので、じゃあアメリカに行きたいなと思ったのが最初の理由です。どうしてイングランドじゃなかったんだろうとは思うんですけどね(笑)。アメリカは自由の国で当時、憧れみたいなものもありましたし、映画を見てなんとなく好きだったし、英語もアメリカに行けばなんとかなるのかなと思っていて(笑)。それで、音楽も勉強したいというのと、英語もできたほうがいいだろうというのもあったので、アメリカへ行くことに決めたんです。
渡米後、英語の勉強をしながら音楽のレコーディング・ミキサーになりたいと思うようになって、バークリー・カレッジ・オブ・ミュージックという音楽大学で勉強を始めたんです。そこを卒業する頃に、アメリカでしばらく働いて経験を積みたいと思ったんですけど、外国人なので就労ビザがないために音楽スタジオへの就職が難しかったんですね。それで、バークリー時代に2年ほど<無償で>インターンをしていたんですけど、そこで知り合ったミキサーの方が、ロサンゼルスにある音楽スタジオを紹介してくれて、西海岸のほうが私の探しているような業界に入りやすいという情報も聞いたので、ロサンゼルスに来たんです。でも、レコーディング・スタジオで働くにはインターンからまた始めないといけなかったんですよ。そうなってくると、外国人にとってはビザの関係とかでアメリカに残るのは難しいんですね。そんなことがあって、いろんなスタジオに電話していたら、サウンド・エディターという職業があるということがだんだん分かってきたんです。それで、最初に思っていた音楽のスタジオではないんですが、アメリカで経験がしたいし、学校で勉強したことを無駄にしたくないという思いもあったですし、自分の学んでいたことがサウンド・エディターという仕事に使えると分かったので、そういう会社も範囲に入れて電話をしたり、履歴書を送ったりして雇ってもらったのがスタートでした。
普段、言葉を聞いて居る時にときに人間の脳はすごくて、バックグラウンドの音をフィルターしながら話に集中して聞いているんです。ところがバックグラウンドがないと、脳はノイズ自体がないので消すことができずに、違和感を持ってしまうんですよ。だから、映像に対してバックグラウンドというのはとても大事なものだと思っています。だけど、ないがしろにする人が多いんですよ。なぜかというと、派手じゃなくて地味な作業だからですかね。(笑)。でも、バックグラウンドのデザイン一つで異様な雰囲気を出すことができるように、心理、精神的なものに、関連して居る思っているんです。要するに、場所の雰囲気を与えてあげているわけなんですよ。脳にバックグラウンドをフィルターさせてあげることによって、そこがいかに自然なのかということを与えてあげられたら、それが本物だというような形で信じられるわけなんですね。そういうものを作り出してあげなきゃいけない。だけど、テレビドラマ制作というのは時間も予算も少ないので、そういうところに力を入れない人も多いですし、入れている暇がないんですよね(笑)。でも、『ブラックリスト』に関しては、そういうことはサウンド・スーパーバイザーも分かっていて、かなりきちんと入れようとするし、私も入れるようにしているんです。
そうですね。作品でごとで変わりますが、『ブラックリスト』で言うとそうなります。バックグラウンドの大切さはすごくあるんですが、サウンド・エディターの中でもないがしろにしてしまう人がいるんです。でも、私はバックグラウンドが基本と言いますか、人間の精神とかそういうところに関わっていると思うんです。ここは外国なんだとか、室内にいるけど外は雨が降っているんだとか、そこが異様な場所なんだとか、例えば、地下のシーンでもそんなに怖くない地下があったり、怖い地下があったりと、それはバックグラウンドだけでなく役者さんたちの演技もあるんですけど、視聴者の目や耳という五感ですよね。そういうのを自分はいじっているんじゃないかと思っています。だから、バックグラウンドというのは地味ではあるんですけどね影響力が実はあると思っています(笑)。
『ブラックリスト』は今までやってきたテレビドラマの中で一番バックグラウンドを入れるのに大変ですね。毎回、登場人物たちが世界中のいろんな場所に行くので。ほかのテレビドラマは同じ建物の中とか、同じような場所にずっといるので楽なんですよね。『ブラックリスト』で言えば、エリザベスたちの本部である「郵便局」がありますけど、あれは毎回同じような音が使えるんです。だけど、『ブラックリスト』はどんどん場所が変わるんですよ。私が知らないような国に行かれたりすると、地図を見ながら「ここはどこ?」なんて思ったりしていました(笑)。特に難しかったのは、シーズン1で、ブラックリスターの一人であるベルリンの乗った飛行機が墜落するエピソードですね。シーンのカットがあっちの飛行機になったり、こっちの飛行機になったりとかあって、とにかくカットが多くて難しかったです。ブラックリストはとにかく違う場所へのカットが異常に多いので、時間がかかります。
サウンド・スーパーバイザーとの相談と、ダイアログのエディティングの制作にあたりグループという人たちによるエキストラの声を使用しているのですが、彼らが雰囲気を作ってくれたりします。グループというのは日本にはあまりいないんですが、エキストラのアフレコをエキストラの俳優が行わずに、エキストラの声を担当する人たちが別にアフレコを行うんです。映像としてそこに映らない人たちなんですけど、裁判所の外でリポーターがたくさんいるとか、戦で人が集まっているとか、そういうのをそこにいるエキストラさんの声は使わずに、又はそこにプラスしてグループという声のエキストラをエディティングで加えてそういう雰囲気をもっと出すんです。グループによってレコーディングされたものは、はダイアログ、エディターが担当します。グループは外国のシーンに合わせて現地の言葉をしゃべったり、まねできる人がグループの中にいるんです。ただ、やっぱりいろんな外国のシーンとなると、言葉だけでなくういう雰囲気を出してほしいと言われるんですよ。そうするとこの人たちは何語をしゃべるんだと調べたりして、バックグラウンドにそういう言葉がはっきりとは分からないようにですけど入れていくんです。そういうことをリサーチしたり、あとは映像を見ながらどういう暮らしをしているのかなどを調べて、雰囲気作りにつなげています。
私が面白いと思うのは、映画とかテレビドラマ作りの教科書みたいなお決まりの展開があんまりないことですね。余計なシーンがあんまりないのも好きなところです。いつまでも一つの話が続かなくて、何エピソードかするとすぐ解決するんですけど、その後ろにまた話が入り組んでいて、さらに話が進んでいくので、ズルズルと一つの話で持って行かれないというのも好きですね。
それから、意外に登場人物たち全員が真面目なんだけど、パーフェクトじゃないところですかね。それにレイモンドが突然くだらない話をするところです(笑)。シリアスなシーンなのに、全然関係ない話をするでしょ。そういうのは個人的に大好きですね、笑いながら何度も見たりしています(笑)。あと、陸運局のグレンのような変なキャラクターが出てくるのが楽しいですね。アメリカに住んでいると分かるんですけど、陸運局は本当にドラマみたいに混んでいるんですよ(笑)。それに、レイモンドに頼まれていつも拷問するミスター・ブリムリーですね。いつも何の拷問をしているのか分からないのが面白い(笑)。ああいう人たちが出てくるとうれしいですね。長い間やっている中で、そういう人たちが同じような感じで出てきて、つながっている感じがあって好きです。それと、個人的に登場人物の中ではデンベが一番好きです。レイモンドへの忠実さがいいですよね。ところが彼もいろいろ悩んだりしていて、真面目なんだけどパーフェクトじゃないというようなのがあって好きです。
『ブラックリスト』が始まってから、みんなエリザベスのお母さんであるカタリーナのことがずっと気になっていると思うんですよ。だからシーズン7の見どころは、彼女はいったいどういう人なんだろうかというところですね。ただ、それをここで言っちゃうとネタばれになってしまうので、そこはお楽しみです(笑)。カタリーナというのは、みんなが思っているような人なのか、それとも違うのかというところですね。みんな、想像を膨らませていたと思うんですよ。エリザベスもカタリーナは自分のお母さんですから、会いたかったんだけど、さてどうなるのかという感じです。
[石川孝子 プロフィール]
サウンド・デザイン&エフェクト・エディター
東京都出身。高校卒業後、渡米し、バークリー音楽大学にてミュージックプロダクション&エンジニアリング科とミュージックシンセシス科を2学部を専攻、卒業。後、1997年、ロサンゼルスのポストプロダクション会社「デジタルサウンド・アンド・ピクチャーズ」に、SFXエディターとして入社。2000年から、「ソニー・ピクチャーズ・エンターティメント」に入社 。
2004年、 HBO製作の『デッドウッド~銃とSEXとワイルドタウン』で第56回、サウンドエディティング部門では日本人初のエミー賞受賞。
ソニーでの、現在の主な作品は『ブラックリスト』『エンパイア〜成功の代償』その傍ら、時間の許す限り、フリーランスとして活躍中。